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- 作者: 小林篤
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/09/15
- メディア: 文庫
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いまでは、菅家氏が冤罪の犠牲者であることはだれもが知っている。だから、メディアの関心も自白の強要とDNA鑑定の危うさに集中している。(…)そもそも本書の前半の記述を読むかぎり、菅家氏による犯行が不可能だったことは明らかだ。なぜ彼が犯人とされてしまったのか、いまとなってはそちらのほうが不可解である。
しかし、本書の後半を読み進めるにつれて、読者は、菅家氏が犯人とされた理由が必ずしもその二点のみによるものでないこと、そしてそんな「だれの目にも明らかな真実」が驚くほどたやすく偏見や予断により上書きされていくことを理解することになるだろう。
(521頁)
最近新聞各紙で報じられている内容のほとんどは、8年以上前に単行本化されたものに載っているという現実。その文庫本解説より。
不思議なことにこの本を読んだ上で、その「だれの目にも明らかな真実」が驚くほどたやすく偏見や予断により上書きされていくことを実践している人がいた。
『足利事件 冤罪を証明した一冊のこの本』解説 - Apes! Not Monkeys! 本館
(・・・)小林氏はそこで丹念な取材を積み重ねることで、菅谷氏の生活や家族構成、職場、経歴、発言そのほか、つまりは彼の人生そのものが、周囲の視線にとっていかに「怪しい」ものに見えたのか、その状況を残酷なまでに炙り出していく。(・・・)
(521頁)
さすが「ノンフィクションのよい読者ではない」と自認するだけあって、見事なまでに的外れな解説です。『足利事件 冤罪を証明した一冊のこの本』を普通に読んだ読者であれば、警察の捜査や小林氏の取材に対し菅家氏について「怪しい」に類する評価を口にしたのは、事件発生当時の菅家氏の勤め先である幼稚園の園長(およびその息子である理事長)だけと言ってよい*1
実際に解説を読めば、そこでいう「怪しい」とは主に警察、検察、マスコミをはじめ、一審弁護士までもが抱いてしまったものだとわかる。*1でも、なぜかこの文章ではそれが聞き込み調査におけるものに主眼がおかれ、不自然な文脈を作り出してしまっている。足利事件がそうであるように「些細な」誤解でも積み重なり増幅されると大変なことになる。
その果て↓
「菅家さんが本当に無実なのか、ネットでの議論は収束しない」と言ってみせるのでなければ、自称「ポストモダニズム系リベラルの理論家」なんてものにはなんの価値も無いことは明白だ。自分の胸が痛まないケースでだけ相対主義を振り回すのはどんな阿呆にもどんな卑怯者にでもできる。
ここから演繹できるのは、ポストモダニズム系リベラルの立場をとるのであれば「菅家さんが本当に無実なのか、ネットでの議論は収束しない」という発言をしただけでしょっ引くようなことをしてはいけない。それだけ。
- 追記
続き(本編)はこちらにあるので、リンクでとんできた方はどうぞ
http://d.hatena.ne.jp/kingworld/20091110#p3
*1:さらに『その「怪しい」菅家像は、まったく異なった前提、異なった理由で生み出された錯覚にすぎないのだ。』522頁 とも書いてある。