ヒソカ vs クロロ 作者解説で「共闘説」が否定されたと考える理由
34巻の巻末にはヒソカvsクロロについて冨樫義博先生が直々に解説した文章が収録されています。これを読んで、ここ1年ネットで囁かれてきた「共闘説」は99%崩壊したと僕は思いました。けれども、先週夜(6月28日)のYahoo!トップには「この解説により共闘説の信憑性が増した」とする見解が掲載されていました。
【HUNTER×HUNTER 異例の解説】「HUNTER×HUNTER」の34巻に作者の冨樫氏本人による解説が掲載されている。作品の展開について言及は異例という。 https://t.co/q8hZYIHUm5
— Yahoo!ニュース (@YahooNewsTopics) 2017年6月28日
真逆の結論に仰天したものの、もしかするとそう読んでいる人は意外と多いのかもしれません……てことで、この機会にもう一度「共闘説は無理筋」ということを書いていきます。
■共闘説とは
ヒソカvsクロロは普通に読むと、クロロが団員に念能力を借りるなど用意周到に準備した上でヒソカと対戦し、ほぼワンサイドゲームで完勝したというもの。しかし、共闘説はタイマンを否定し、「観客に旅団メンバーが紛れてクロロを援護したチーム戦」だったと主張します。もちろん、能力を貸した時点で“広義の共闘”とはいえるのですが、今焦点にしているのはそれを上回る協力、“狭義の共闘”なので注意してください。
■発祥
発信源は「HUNTER×HUNTERネタバレスレッド2442」の552。「ファーw団長4体1でやってたのか 卑怯すぎるwww 」という書き込みから始まって、複数人が参加して盛り上がった後、以下のようなテンプレができました。
- いつの間にか消えていたシャルナークのアンテナ
→マチが念糸により操作
- 予想外に多いコピー人形
→コルトピに能力を返却後、コルトピが念人形を量産していた
- 電話によるコピー人形操作
→シャルナークがクロロの指示を受けてブラックボイスで操作していた
(手入力で携帯操作しているのはシャルナーク)
- 何故、クロロはヒソカに止めを刺さなかったのか
→天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)により死の予言が出ていたから。
死後は予言されない為、死後の念による復活は団長の想定外
- マチ「今度からは戦う相手と場所はちゃんと選ぶことだね」
これに加えて、連載時のアンテナの形状からブラックボイスと別に「イルミが針で操作していた」説や、流星街の長老を観客席に発見したとする派により「サンアンドムーンが死後の念は嘘」説などがあります。あらためて明言すると僕はその全てに懐疑的で、理由については下記エントリーにまとめています。そして、34巻の解説で検証が大体あっていたと感じました。
■解説していたこと
さて、冨樫先生の解説はどのようなものだったのか。あまり詳しく書くとコミックス購入の妨げになるかもなので要点だけピックアップします。
・やりたかったことがいくつかあった
「主人公の敵同士が戦う話を描くこと」「100%勝つと宣言して本当に勝つこと」「旅団の誰かを殺させること」
・両者を勃て(ママ)ながらキッチリ勝敗をつける点に注意した
・ヒソカはマチを殺したがっていたが、自分が却下した。理由は「マチを残した方が後々面白くなるという予感」「(後付の言い訳として)他の旅団員へのメッセンジャーが必要/クロロの能力を削っておくという、冷徹で合理的な判断にヒソカの本気をにじませたかった」
連載時の疑問が氷解した部分もいくつかありますが、注目したいのは「両者を勃てながらキッチリ勝敗をつける」「クロロの能力を削っておく」という表現。これは実質、あのバトルがタイマンであったことを示していると思います。クロロが旅団メンバーとリンチしていたのなら両者はたたないし、借りた能力で勝ったからこそ、“能力を削る”という言い方になったのでしょう。仮に「クロロの力を削っておく」だったら、会場に仲間を潜ませてボコることも含まれるので共闘説の信憑性が上がったのですが……。
■共闘説のツッコミどころ
繰り返しになりますが、ヒソカvsクロロの素朴な読み方は「借りた能力を駆使してクロロが勝った」というもので、会場に潜んでた団員と共闘したというのは裏読みにあたります。再確認しておきたいのは前者の場合は(驚くべきことに)矛盾がなく、後者の場合は矛盾・ツッコミ所が多数ということ。以下、各キャラごとに共闘だったらズコーとなるポイントをまとめました。
クロロ:戦い方(スタイル)にこだわり、晒したカードで闘う≒使用する能力を全部説明した上で、100%勝つと宣言して完勝。今回もっとも株が上がったキャラなのですが、共闘説が正しかった場合、スタイルが根底から覆されます。嘘じゃん……(マチの能力説明してないし)。それを含めてクロロかっけー派もいるかもしれませんが、さすがにルール無用。作中のあらゆる描写が信じられなくなってしまいます。
※使用した能力 ☆がオリジナル
能力名 |
説明 |
☆スキルハンター |
他人の念能力を盗んで使える |
☆ダブルフェイス |
盗んだ能力を2つ同時に使える 両手が自由な状態で能力を1つ使える |
左手で触れたものを右手で複製できる |
|
オーダースタンプ |
人形を操作できる |
ブラックボイス |
人間を操作できる(2人まで) |
サンアンドムーン |
左手と右手で押した刻印同士を触れ合わせると爆発する |
コンバートハンズ |
右手で触れると相手が自分の姿になる 左手で触れると自分が相手の姿になる |
コルトピ:ギャラリーフェイクの持ち主。共闘のケースでは、戦闘中に能力を返してもらいせっせと観客のコピーを作っていたことになります。真っ先に思い浮かぶ疑問は「クロロ返す必要ある?」てこと。1人でできるのに、スタンプや刻印を押さないと戦闘の役には立たない、バレたときに試合が不成立になりうる、不慮の事故でコルトピが退場したら強力コンボが使えなくなるといったリスクを抱える必要があるのでしょうか。細かいところでは試合後、マチの前金もらってた発言に対するツッコミ「団長と闘うのにそんなのマチがもらうワケないじゃん?」。この「団長と」が「ぼくらと/旅団と」なら惜しかった! そして最大の矛盾点は手伝ってた場合、偽クロロを捕まえた際のヒソカの驚愕「まさか…不可能だ…!!」の種明かし「死後の念(サンアンドムーン)を挟むことでギャラリーフェイクを解除しても消えない人形を使っていた」が単なる妄想になってしまいます。これは複雑で緻密な名勝負を破壊する暴挙。
シャルナーク:ブラックボイスの持ち主。試合後にクロロと電話していました。「ケータイどうする? アンテナ無いけど」「大丈夫 特に使う予定ないし」「そうか じゃ船で渡すよ」。共闘の場合、このやりとりが全くの意味不明になります。シャルが操作していたのなら既に持っているだろ! このシーンが丸々なかったり、試合中にクロロが通話していた端末が別デザインだったらまだ可能性はあったと思います。少し真面目に考えるとブラックボイス(アンテナを挿せば瞬殺)はコンバートハンズとのコンボが超強力。シャルが戦闘に加わっていたのなら右手で触って2人がかりで攻撃すれば一瞬でケリがついたのでは……。クロロ(本物)&クロロ(一般人)ならともかく、クロロ(本物)&クロロ(団員)が不意打ちで挿しに来たらまず勝てません。
マチ:共闘説によると、序盤の観客からシャルのアンテナを回収する役。それだけ? もっと手伝えよ! 本当に参戦していたのなら、応用が効く能力なのだからいろんな局面でサポートしたり、それこそコンバートハンズで不意打ちしたりできたはず。ちなみに手伝ってた場合はヒソカの遺体を前に「ごめん」と呟いたり、拘束されたときに「バレたか」的な反応をしたのではないでしょうか。
ヒソカ:感度ビンビンの時はカルトの絶をも察知する化けモン。それがクロロとの試合中は、レイザーがひと目見ただけで「すごい使い手」と褒めた連中がガンガン能力を使っていたのに気付かなかったことになります。
イルミ:コミックスでは無事アンテナに修正されていました。不参加確定。Q.E.D.
流星街の長老:生きていた≒死後の念は嘘≒クロロのスタイル爆発≒作品が信じられなくなる。また試合中、ヒソカに対策されることなくコルトピ、クロロと連携していたから相当な達人。共闘していた場合はいろんな意味でヤバいです。
■クロロはなぜ完勝できたのか
以上のように矛盾点がいくつもあることから僕は共闘説は無理筋だと考えています。それは同時にクロロが単体でヒソカを圧倒したと認識することでもあります。ヒソカ最強厨だった身からすると辛いのですが、これが現実……。とはいえ、2人の実力差が大きいのではなく、やはり準備してきた/条件を整えたことが勝敗を左右したのでしょう。
ゴンたちはボマーを倒すにあたって、「落とし穴(横穴付き)を掘る」「巨大な岩をカードにしておく」「ガソリンをカードにしておく」「仕掛けた場所にゲンスルー単体を誘導する」といった条件を全てクリアしたことで初めて優位に立ちました。同じようにクロロも必勝の作戦を練ってきたわけです。
・5種類の強力な能力を調達する
・天空闘技場を舞台に指定する
この天空闘技場というのも非常に大きなポイント。ギャラリーフェイク→オーダースタンプを使うためには適切なコピー対象がいないといけません。例えば13巻でクラピカが選んだような無人の荒野はNG。単純に街中でやったら、危なくなったヒソカが逃げるかもしれないし、人形工場・倉庫だったら超警戒されたかもしれません。「観客がたくさんいる」「対戦相手が逃げない」――クロロにとっての天空闘技場はゴンが落とし穴を作った場所みたいなものです。
そこに誘導したら、バンジーガム(近中距離攻撃)に注意して、ギャラリーフェイク→サンアンドムーン→オーダースタンプ(遠距離攻撃)の高火力コンボをぶち込むだけ。ブラックボイス&コンバートハンズは一撃必殺、迷彩、遠距離攻撃の微調整などに使います。対バンジーガムの場合、刻印付き人形を数体作れた時点で煉獄(※)の初手が入ったと考えていいでしょう。これはゴンさんや百式観音じゃないと対応できないレベル。
※『喧嘩商売/喧嘩稼業』にでてくる空手の秘技。完全に習得すると14通りの初手のうち1発を綺麗に打ち込めたらそこから3分以上殴り続けることができる
ということで「やっぱりクロロ級と闘ると相手十分の条件で勝つのは難しいな…」「現実は厳しいね☠」と学習したヒソカは殺戮のパレードを始めるのでした。旅団全員を対象にしたのはハメられたからではなく、「クロロの能力を削っておく(十分の条件にさせない)」ため。結束の強い団員はクロロに能力を貸すことが容易に考えられ、全員が潜在的なリスクになるからです。あとは死後の念発動でテンションが上がり「どこで誰と遭ってもその場で殺すまで闘るゲーム絶対楽しい」と思ったのかもしれません。
■解説のおまけ
「ヒソカはあの場でマチを殺したがっていたのですが、僕が却下してしまいました」――冨樫先生のこちらのコメント。ファンにはストンとくる発言ですが、ちゃんと理解するためには多少文脈をおさえてないといけません。1つは2016年6月に公開された石田スイ先生との対談。そこではこう述べていました。
「今の本編でのネームもそんな感じで、周囲の環境やバトルの設定だけを与えて、ヒソカの動き自体はキャラクターが動くがままに任せてみると、最後は上手くハジけてくれました」
「でも、ちょっとブレーキかけちゃったんだよなぁ」
「彼はもっと行きたがっていたのに、自分の中でブレーキをかけちゃったところがあって。そこは少し心残りですね」
今読み返すと「マチを殺さなかった」ことについて語っていたのだとわかります。もう1つはキャラ同士を喋らせる制作方法。
冨樫先生はネームにする前に紙にキャラたちのセリフのかけあいを書き出しているそうです。「その中でキャラ同士がそいつらしさを守った上での最良の1手をボケツッコミみたいな感じでバンバンかぶせていく」「全員が死力を尽くしてる感じを大事にしたい」「作中では省略されていても、ある展開になるまでの経緯をキャラ同士に話させ検証する」(『ヘタッピマンガ研究所R』より)。こうした過程を経ているからこそ確かな説得力があるわけです。
共闘説は果たしてこの作業に耐えられるのか!? 何となく「共闘……ありえる」と思っちゃった人は以上を踏まえてもう一度作品にあたってみてください。ちなみに「岸本さんとの対談」というのはジャンプGIGA 2016 vol.2に収録されているもの。創作テクニック本としては非常に優れた内容、かつ400円という破格なので超オススメです。
■7月9日追記
僕は連載時から一瞬たりとも共闘説を支持したことがないのですが、その理由は主に「クロロの性格」と「ヒソカと闘った経緯」にあります。ここが共有されていないと不安なので一応書いときます。
・クロロの性格
クロロは幻影旅団の頭。望んで団長になったわけではなく、「決まったことだからがんばる」というスタンスであの一癖も二癖もある団員をまとめています。旅団では主に盗みと殺し、時々慈善活動をやっていて、「存続のためには頭だろうと命を捨てる」「団員同士のマジギレ禁止」「もめたらコイントス」などの掟を遵守しています。
ヨークシンシティ編では冷静沈着、博識、地頭が良い、シルバとゼノを一定時間なら同時に相手にできる戦闘能力、死を毎日側に在るものとして享受する精神、それでいてネオンの目前で涙を流したり、難局を乗り越えたら「あーしんどー」とこぼしたり、とにかくカリスマ性溢れるキャラとして描かれていました。
「つまらない罠は使わない サシで闘ろう(対団長の手刀を見逃さなかった人)」「オレにとってこの状態は昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものだ(対クラピカ)」――このへんのセリフはファンならみんな一字一句覚えていることでしょう。
・ヒソカと闘った経緯
そんな彼もジャッジメントチェーンにより念能力を封印&旅団と一切接触できない状態にされてしまいます。そこで頼りにしたのが団員のフリをしていたヒソカ。あることを報酬に除念(除念師探し)を依頼します。その報酬こそ「タイマン」。つまり、今回のバトルは約束なわけです。経緯の詳細↓
グリードアイランドでは他の団員もそれを認識しており、フィンクスは「オレがぶっ殺しておきたいとこだが…団長に任せるぜ」とコメントしてました。僕はクロロを「自分で決めたルールは絶対守る」キャラだと捉えています。だからこそ共闘はありえないと思うわけです。もちろん、作品の読み方は自由だし、おもしろい解釈は大好物です。しかし何度も言いますが、1対1で圧倒していた場合はどこにも矛盾点がないのに対し、共闘だとツッコミどころ多数という現実があります。共闘派には説得力のある説明を期待します。
なお、シグルイを持ち出して「虎眼流は伊良子清玄をリンチしたから共闘」という人には、それぞれの経緯を確認した上で妥当か再考してほしいです。「自分の女に手をだしたからお仕置き」と「除念の報酬として決闘」は重ねていい話なの……? 岩本虎眼の心構えとは、「目的のために手段を選ばず死力を尽くす」姿勢を指しているんじゃないかと。相手の長所を消すために腸をぶち撒けたり、逃げた先に刀をぶん投げたり、そういう容赦の無さはクロロに通じています。