秋葉事件に関して
僕がこの事件を知ったのは、テレビのテロップ。前日徹夜でやったジェンガの罰ゲーム(テキーラ)が効いてた事もあって、友人宅でぼーっとしていたら、流れてきた。「秋葉原の歩行者天国で死傷事件」
「おー秋葉で事件だってー、すごいねぇ」「いやーすごいというか大変なことじゃね?」こんな会話はあったけど、特に大事件だ!!みたいな話にはならんかった。(安田記念の心配とかしてた。)
秋葉原に思い入れがないわけじゃない。むしろ、かなり興味を持っている。だけど、どうも「殺人事件」や「交通事故」の類については、もう確率的なものなんじゃね?という考えが強いため、これだけの騒動になっているのを見ても、皆さん飽きずに語れますなぁ、とか意地の悪いことを思ってしまったりする。
asahi.com(朝日新聞社):絶望映す身勝手な「テロ」 秋葉原事件で東浩紀氏寄稿 - 社会
あずまんの記事を読んだ。「事件をテロとして捉える」=「ただの基地外の犯行ではなく、政治に向けられた刃だ、と考えるべき」という内容で、見事に新聞に求められた役割を果たしているな、という感想を持った。
「事件(犯罪)を、時代・社会を映す鏡だと捉える。全体像を把握し、考察することで、人・社会を理解し、似た事件の再発防止手段を考える。」 事件報道において、曲がりなりにも新聞はこの役割を果たすことで「ネタ(エンターテイメントとしてのコミュニケーションツール)を提供して、飯を食う。他人の不幸は金の元。」という、えげつない本質も見過ごされてきたのだと思う。
まぁ自分たちも、そうやってニュースを消費して生きてるわけだから、そこはもう「消費してます!」と認めた方がいいんだろうね。その上で、(少しでも)後ろめたさを持ってると、あんまりひどいことにはならない。開き直ってやりたい放題な奴は殴るに限る。(家で飲んでる時は、やりたい放題でもいいよ★)
話がそれたけど「基本的にはどうなくすかを考える路線」なあずまんの姿勢には賛成したい。もっとも丸激では、具体的にどうすべきかというコトを話していて
語弊を呼ぶ言い方だとは思うけど、人が沢山いたら、どっかに富が集中してロングテールみたいになるのは仕方ない。人間ほとんど運。20代まではチャンスあるけど、それ以降は落ち込んじゃう。パチンコの玉みたいなもの。
その時に、まぁいいか。何となくこんな所になっちゃって、あまりラッキーではなかったけど、これはこれで生活していけばいいんだ。というようなメッセージを社会は与えてない。お金や、個別具体的な政策というよりは、そういうメッセージをどう発するかが重要。
負ける人は、一定数必ず出てくる。でも、負けたら、負けたなりに楽しく生きていける社会にするしかない。誰もが勝てる社会、全てを平等は無理。セーフティネット・コミュニティを張り巡らせて対応していくしかない。その点でネットやサブカルも有効。
かなり「運」に重点を置いてる事が見受けられる。(ここだけ切り出すのもどうかと思た。もっと色々と言ってるので、みんな聞いてみて)いつぞやあった環境知能シンポジウムの時、高速を走る車の流れは流体力学で説明できる等、大きな視点から見たら、大体自然法則に回収できるから、皆がそれに気付きだしたら、無気力な人が増えていくんじゃない(笑)とか言ってたのを思い出した。(記憶違いだったらすみません)
でも、こういった立場は存在論的・郵便的の時から、一貫しているんだよね。他の可能性もあったけど、いま、結局ここに自分はいる。幽霊を感じつつも、「いや、こうなっちゃんだから」ということを自分の中で消化していく。何というか、哲学者ですな。(褒めている)
事件の余波で歩行者天国は中止になるみたいだけど、期間はどうも喪が明けるまで、とのこと。
犠牲者の遺族感情に配慮しようと、事件から49日になる7月27日(日曜)までは中止される見通しだ。石川区長は「安全・安心なホコ天とはどういうものかを考えて行きたい。商店街や電気街などと早急に議論を始める」と厳しい表情で述べた。
痛いニュース(ノ∀`):“日本人” 宗教「信じない」7割、「魂は生まれ変わる」3割、「先祖を敬う気持ち持つ」9割…読売調査
何だかこれとか思いだしちゃったけど、日本は、不思議な形で生活と宗教が結びついてるよね。911後のアメリカみたく「テロに屈しないために、あえて通常通りの生活をする!」にはならず「社会全体で感情を癒しましょう。八百万の神様、静かにするので、どうかよろしくお願いします。」という方法をとる。huさん達も秋葉事件に関して、宗教がんばれ!と言っていた。少し引用すると
…略… 宗教の不甲斐なさには嘆息せざるをえません。
ただ、実は宗教家ってけっこう活動はしてるんですよね。罪人が刑務所に入ってから、です(笑)。入る前になんとかしろよな、という感じではありますが、宗教と世俗のインターフェイスが難しい文化ですから、致し方ないところもあります。 …略…
しかし、宗教的機能を必ずしも宗教が担う必要はないとも思います。要するに承認のリソースが確保されていれば「どうすれば他人から愛されますか?」という問いがそもそも出て来ませんので、それをどのように機能させるかという方法論や技術の問題ですね。伝統宗教の教義や実践がその点で優れていたのは確かです。神や仏に愛されていますから、問うべきは「どうすれば(あなたのように)人を愛せますか?」でいいわけです。 …略…
なるほど。
ちなみに、僕はホコ天は続けて欲しかった派だ。たとえ毎日10人殺されようとも、続けるべき!すると長い目で見れば事件はなくなる!なんてね。いや、ホントは加藤容疑者に「俺はホコ天を潰した!」的な承認を与えるのが嫌なんだけど。
ところで、自分が社会に不満を抱いていて、爆発したらどうなるかってことに想像力を働かせてみると、まず確実にインフラ狙いに行くと思う。二年前にクレーン船がひっかかって大規模な停電になったことを、皆さん忘れてるかもしれないけど、どう考えても費用対効果抜群というか、少ない労力で大ダメージを与えられる。電線切ればいいんですよ?むき出しの。ここ切られたらマズイみたいな情報もけっこう公開されてるわけで。停電になったら、ガソリン&新聞紙&マッチ で放火しまくる。爆弾とかはいらない。二人一組の10チームで、各々バラバラに火つけたら、カオス必至。そうやって不安を煽りまくれば、続くモノももでてきてますますカオスに。勿論、予告して捕まるような真似はしない。
いや、こんなの実際に自爆覚悟でやられたら、止めようないでしょ。ホント。そんなコト書いた本がこれ↓
- 作者: 森巣博
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2007/06
- メディア: 文庫
- クリック: 62回
- この商品を含むブログ (5件) を見る
あとは、エロゲーじゃないけど、たとえばAKB48全員監禁するとか、上戸彩 襲うとか、そういう方向になるかもしんない。いや、冗談ですよ。ただ、アイドルは、実際そういう危険に晒されている。
そう、危険なんてそこらにある。何を言いたいかっていうと、ナイフ規制とか、予告inとか、ポーズとしてはいいかもしんないけど、実際ほとんど意味はない。秋葉だって、トラックで走り回られた方が、大惨事になってたに決まってる。どうしてダガーナイフに焦点がいくのかわからない。ナイフ五本購入!!ってあんた、トラックが100km超で突っ込んでくるのと、ナイフで襲われるの、どっちの方が危ないと思ってんだよ?
吸血鬼映画の人が「だれか、 Ruby on Rails とかで、企業と日雇い労働者のマッチングサイトを作ってやれよ」と言ってたけど、ハッカーの皆さんはこういう方向で能力を発揮して欲しいですね。派遣や格差ネタについても書こうと思ったけど、EUROのおかげで眠いからやめる。(嘘、書く体力がない。)